本探しの旅
普段より(若干)早く職場を後に出来る日曜日、必ず本屋に立ち寄り一時間ほど時間をつぶすのがこのところの習慣。本漁りは学生の頃から染み付いているもう習性のようなもの。新書、古本問わず、思いがけない良書に出逢えた感動は、何か金でも採掘したような気分になれるものだ。
良書との出会いが人生を変える、確か、小学生時代に塾の先生に言われた一言、まさかぁ、と流しつつ自分の進路が本との出会いに本トに左右されたことは、駄洒落ではなく身を持って体験した。小中高を通じいわゆる「社会小僧」だった自分が国語科の教員免許を取るに至ったのは太宰治や坂口安吾との出会いだろうし、三浦綾子、山田詠美、三田誠広から果ては津本陽まで、自宅の本棚は乱読、濫読もいいところである。
でも、あらためて本棚を眺めると、その一冊一冊が面白きにつけ、批評につけ、何かしらの感想や興味が今の自分の血肉になっていることを感じる。思えば、青春時代に執狂していた太宰など、模擬試験の文章に出題され、解答そっちのけで耽読したのがきっかけだった。
たまたま今日は19年度の日大第三中の社会の問題を見ていたところ、川端「古都」「伊豆の踊り子」、太宰「津軽」、三島「潮騒」からの出題。かつての純文学には舞台となる地域があった。旅をしてその旅情に触れる要素の一つとして名作を知っているかどうか、そんな一つもまた、体験を彩れるものとなるのではないだろうか。
本は出逢いである。初めは何だっていいし、つまらなければ途中で辞めたっていい。ただ、必ず「自分の一冊」が世の中には存在するはずである。その一冊に出逢うまでは、探し当てることを続けてほしい、生徒に自分はそう願っている。
2011年11月20日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
カテゴリ: パインツリーヒルズ青春白書
「真摯」という言葉を思い浮かばされるのは4年生を教えているときである。大人から見れば簡単な内容、塾に生れた5・6年生ならばテキトーに手を抜いたり、何かのせいにして誤魔化せるテストの得点に4年生達は一生懸命ひたむきに向き合い、小さな頭と心で、出来た喜びと、点が取れなかった悔しさを全身で表しながら塾に通ってくれている。何だろう、そんな姿を見るとこちらが勉強させられる。4年生の立派なところは、決して人のせいにしないところだ。「やる気が起きないんだもん」「時間が足りないんだもん」などと親に訴えて塾に特例措置を認めてもらうというような手段をいつの間にか覚えてしまった6年生への、また合格にのみ固執しがちな教師自身への、これは痛烈な反省の促しでもある。それにしても今年の4年生は全員光るものを持っている原石。初めから通ってくれている生徒も、途中から加わってくれた生徒も、授業のある日が、そして2年後がとても楽しみな学年である。4年生諸君、来週はまた総合回明け、新しい単元を頑張って行こうね。
2011年11月13日 | コメント&トラックバック(0) | トラックバックURL |
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